本人像:60代 女性 要介護4
利用までの経緯
50代後半にくも膜下出血で手術。後遺症で左上下肢麻痺と頭部の右傾斜が残り車いす生活となる。言語障害も残ったため、発語に聞き取りにくい点があった。夫は仕事があるため家での介護が困難となり老人保健施設に入居。しかし、入居中に血圧が上がり、一過性意識障害で入院、検査後に原因不明で退院となるが、夫はその老人保健施設に不信と不満があった。1つは、機能向上のためにリハビリを希望しても無駄だと言われたこと。2つめは、本人は「いらん」が口癖のため、食事を十分摂取できていないのに下膳されて痩せてしまったこと。3つめは、一人で放っておかれていることがある。洗顔も十分にしてもらっていないように思う。などである。家族はできるだけきめ細やかな介護を望める施設を探した。数か所の施設を見学後、当ホームに入居となる。
家族の意向
以前のように自分の足で歩いてもらいたい。妻がこうなったのも自分の責任でもある。こうなるまでにもっと早く気がついてあげたかった。夢は、妻を旅行に連れていくこと。とにかく妻が身体的にも精神的にも回復に向かうことを期待している。
援助の方針と働きかけ
くも膜下出血の後遺症で左上下肢麻痺と頭部右側傾斜があり、日常は車いす生活で、排泄・入浴は全介助が必要な状態であった。夫はきめ細やかな介護を強く望み、心身ともに元気になってほしいと切に願っていた。スタッフもみな熱意をもって応えられるよう努める。身体の清潔を保ち、安心で快適な生活ができるようにする。できるだけ残存機能を生かして日常生活が自立できるように見守りや介助の工夫をする。福祉用具(低反発エアーマット)のレンタルを利用して床ずれを防止する。
食事介助
食事の時、車いすで食堂ホールまで行き、皆さんと一緒に召し上がっていただいて楽しい雰囲気を味わってもらうようにした。
食事は右手で自力摂取はできるものの、頭部傾斜のためスプーンで口まで持っていく途中でこぼすこともあり、食べた物も口からこぼれる状態であった。そして上手く食事ができないことが嫌で「いらない」と言うのが口癖となり痩せてしまっていた。そこで、食事をする際にはすでに購入していた福祉用具クッション(中心がくぼんでいて両側が高くなっている)を椅子に敷き、お尻を椅子の右側に寄せて座ってもらうことで頭部傾斜の軽減になるように工夫した。また副食はミキサー食、主食はお粥、副食と水分(味噌汁・お茶)はとろみをつけてこぼれにくくし、さらに食べやすいように食器の位置を工夫(右傾斜が強いので、食事がちゃんと視線に入るようトレーも食器も手前に配置)することで、こぼれる量が少なくなった。今も「もういらん」の言葉は出るが、「もったいないなぁ」「もう少し食べましょう」と声かけをするとすぐに口をあけてくれるようになり、全部摂取できるようになった。
言語障害とコミュニケーション
言語障害のため、発語に聞き取りにくい面があり、口を大きく開けてゆっくりはっきり喋ってもらうように職員が声かけを繰り返した。たとえば、本人の話す言葉が何となくわかってもあやふやにせずに聞き返し、ゆっくりはっきり話してもらうことで意思を正確に聞き取った。また、通所職員にもホームでの取り組みを伝えて、うまくコミュニケーションがとれるように職員自身も丁寧に相手の目を見てゆっくり話すようにした。そして、日々の生活の中で職員も口を大きく開けてゆっくりはっきり喋るようにすることで本人が意識をするように働きかけたりした。また歌を歌ったり、誤嚥予防として食事前に口腔体操にも参加してもらったりもした。そうすることでゆっくり話すようになり、発音がしやすくなったことで本人は入居当初に比べて言葉もよく出るようになった。
他者との交流
気分転換に外出の機会をつくり、他者とのコミュニケーションを通じて生活に楽しみを持ってもらうよう通所サービスを利用した。指の運動や歌を歌うレクレーションに参加したり、ことわざクイズ、漢字問題集などにも取りくんでもらい、達成感を味わってもらいながら現在ある心身機能の維持に取り組む。
利用者・家族の声
家族の声:いつもお世話になり、本当にありがとうございます。自宅ではここまで丁寧に介護できません。妻の顔が明るく変わった。本当に嬉しいです。立派な建物や設備より大事なのはやはり気持ちです。職員の皆様にとても感謝しています。
結果とまとめ
入居当初の暗く硬かった表情は、今では驚くほど表情豊かに変化し、笑い声も大きくなった。当初は発語がはっきりしていなかったが、日々のコミュニケーションで口を大きく開けてゆっくりはっきり喋るように職員が根気よく声かけをし、同時に職員自身も相手の目を見ながら同じように口を大きく開けてゆっくり喋るようにしたことで、言葉はずいぶん聞き取りやすくなった。現在では短い話だと本人の言葉を聞き取れてコミュニケーションが可能になった。そうした結果が、本人の表情にも表れ、明るく表情豊かになったことは、すべての職員の喜びであり、夫からも「妻の顔が明るくなった」と感謝された。当初は、夫の希望をどこまで叶えられるか不安であったが、「心身ともに元気になってほしい」という強い願いを十分に受け止めて職員同士が上手に連携して介護に取り組んだことで、介護度5から4への改善と本人や家族の満足に繋がった事例だと言える。